星を探して

本記事は”星”をキーワードとしつつ,畑亜貴さんとラブライブ!スーパースター!!(Liella!)の2021年作品に焦点を当てたものです.

はじめに

2021年もいよいよ終わりが近づいてきました.新しいもの・作品・考え方を享受出来た一年となった事を感謝しております.そのうち以前から興味を持っているテーマについてもアップデートをする事が出来たので,それを纏めようというのが本記事の目的となります.2021年8月時点で構想を巡らせており,早いうちに取り組みたいと思いつつ時間が経ってしまったのは反省点です.ただ,時間が経った分,内容を温められた所もあり,それを形にして整理する事には大きな意味があるだろうと思い,筆を取っております.

今回の内容は畑亜貴さんの人生観に焦点を当てる所から端を発しました.私は畑さんが創られる詞がとても好きで,自然に情景が浮かぶ描写と併せてその裏に素敵なメッセージを垣間見える点に大変魅力を感じます.畑さんは作詞家と同時にシンガーソングライターとしても御活躍されておりますが,そのどちらにおいても詞の素敵さをヒシヒシと感じます.そんな中,畑さんは作詞家として詞を書く際とシンガーソングライターとしてご自身の作品を書く際とでスタンスが異なるという事を公言されています.2021年9月18日にNHK-FMにて放送された『アニソン・アカデミー』にて,畑さんは「作家の時は自分を表現する事よりも,作品としてどう見出すかを考えている.自分の作品の時は,自分の気持ちを言語化したいという気持ちがある.」とお話をされました.確かにラブライブ!をはじめ作家として取り組まれた作品とご自身の作品とでは一見その内容に解離がある様に感じられます.例えば,2014年4月にはラブライブ!のμ'sから『それは僕たちの奇跡』がリリースされましたが,ほぼ同時期に畑さんご自身も『愛するひとよ真実は誓わずにいよう』という楽曲を発表されています.

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片や「夢を叶えるのはみんなの勇気」と明るい印象を与える詞である一方で,他方では「救われたい偽りから」と絶望を予感させる様な暗い詞であり,そこにはギャップも感じられます.(ある意味,『それは僕たちの奇跡』のカップリング楽曲である『だってだって噫無情』には近しい所もあるでしょうか.)

この様に,一見作詞家としての作品とご自身の作品とで解離があるとされている畑亜貴さんですが,実際にはその限りではないのではないかと私は思っています.つまり,”作詞家として創られた作品においても畑さんご自身の気持ちの言語化が表れているものがあるのではないか”と考えています.ヒトの手によって出来た創作物である以上,潜在的にその人の考え方・想いが込められている可能性は十分にあるでしょう.まずは,経時的にアップデートされていく畑さんの人生観と作詞家としての作品にどの様な関連が想定されるのかを見ていきたいと思います.

畑さんの人生観とラブライブ!作品

畑さんの人生観を考える上で重要な手掛かりとなるものとして,畑さんの公式ブログがあります.畑さんは齢50より,年末年始や誕生日といった節目にご自身の人生観やその年の目標・アップデートなどを記されており,”thinking about my life,”というタグで纏められています.まず,そこから感じられる人生観とその年のラブライブ!作品を比較検討してみましょう.(正確には50の歳となる数年前に書かれたものから”thinking about my life,”のタグ付けをされた記事がありますが,ここでは誕生日にブログを書かれるようになった2016年以降を扱います.

 2016年

畑さんはこの年の目標として「未来を楽しむ準備をしながら,今日を楽しむ.」を挙げられています.[1] その内容の一端として畑さんは以下の様に記されています.

歌詞で「今が最高」「今がすべて」と,たくさん書きました.[1]

これは2015年にリリースされた『僕たちはひとつの光』や『ミはμ'sicのミ』といったラブライブ!作品を踏まえての言葉だと思われます.やはり,作詞家としての提供作品であれど,真剣に向き合われたものには人生観と関連していくものもあるのでしょう.畑さんはその後に,「日々のその瞬間を重ねていけば,次々と新しい夢が生まれ,いつが最期のときであっても素敵な人生だったなと振り返ることができるのでは」と続けられています.[1] 日々を素敵なものにしようと努力し新しく生まれる夢に心を踊らす,これは正しく2016年3月にリリースされた『MOMENT RING』を彷彿とさせる様な考え方です.μ'sの集大成とも言える作品に畑さんの人生観の一部が投影されており,とても面白さを感じます.

もう1つ挙げられるキーワードとして"無力な自分との対峙"があります.[2] 後方視的に見ると,このテーマは畑さんにとって経年的なものであると推測されますが,初めて明確に記事で残されたという点は2016年の特殊性です.この"無力な自分"という言葉には様々な意味が込められている様に感じますが,その1つを簡略化して表現するとしたら「なかなか理想に到達する事が出来ない自分」といったところでしょうか.

たとえ願いが叶わなくても,理想に向かって生きることで人生の喜びを手にすることができると,私は考えています.[3]

「願いが叶わなくても,理想に向かって生きる」というテーマ,2016年に発表された楽曲を振り返りつつこのテーマについて考えてみると,『届かない星だとしても』を思い出します."夢を描く"ことが"星に手を伸ばす"と形容されているこの楽曲はとても前向きな印象を感じられ,"無力な自分"という一見暗いイメージを与えるキーワードがオブラートに包まれたかの様な感覚に陥ります.さて,ようやく冒頭で出した"星"という言葉が出てきましたが,まずは各年の畑さんの人生観を考える事を先行させようと思いますので,"星"にはまた後で再登場していただく事にします.

2017年

この年のトピックとしては,"音楽家としての自己像","旅","出会いと別れ"が挙げられます."音楽家としての自己"を議論する上で,畑さんは重要な言葉と出会います.[4]「音楽に情熱を感じていたり,楽器を練習する理由を理解していれば必ずできる.音楽家としての自分と普段の自分を深いレベルで一体化させることが.するとやがて音楽と人生は相互に作用し,果てしない充実感に満たされる.」これは"シーモアさんと,大人のための人生入門"という映画作品の一節です.「音楽家としての自分と普段の自分とを一体化させる」とはどういう事か,短絡的には回答出来ない難問ではありますが,"一体化"を理想だと解釈するのであれば,少なくともそこには理想と実際とに解離がある"無力な自分"が潜在しているという事は分かります.夢・理想・無力,これらのキーワードは形を変えつつもアップデートされた問題として登場するのでした.

”旅”も畑さんの重要なキーワードの1つです.畑さんは旅を大事にされており,毎年国内から国外まで様々な場所へ足を運んでいらっしゃいます.そんな中,2017年は畑さんにとって”旅”の意義を実感された年であったと考えられます.

昨年の旅が,自分を見つめ直すいい機会になったので,今年も誕生日前に旅をしてきました.自分を更新する作業がしたかったのです.[4]

自分をアップデートする糧として”旅”を扱われている事には面白さが感じられます.目指すところがあるからこそ”自分を更新したい”という言葉が出てくるのでしょう.”旅”を大事にされている畑さんの背景に,更に畑さんが大事にされている信念を垣間見える点には驚嘆させられます.

2017年のもう1つのテーマとして”出会いと別れ”があります.この年は畑さんにとって,新しい出会いだけでなく,予期せぬ離別も経験した年だと語られています.[5] 生まれて死ぬという繰り返し,その中にいるからこそ出会いも別れも経験する.虚無的な考え方にも感じられますが,そこから目を逸らさず自己の卑小さを認めつつ,世界の美しさを享受しその中で生きようとする勇気こそ学ぶべき点なのだろうと感じられました.

以上の様に2017年のトピックを見てきましたが,この様に理想・夢・期待というテーマを前面に出しつつ”旅”や”出会いと別れ”が組み合わさった楽曲があります.それは2017年4月に発表されたAqoursの『HAPPY PARTY TRAIN』です.この楽曲はやや切なさを感じるメロディーに旅,出会い,別れを感じさせる詞が相まっており,潜在的には虚無的な要素も感じられます.一方で,それで完結させずに,人生や旅の行先(つまり世界)を美しいものと捉えており,畑さんの人生観を通して見ると興味深さが更に増されます.

2018年

2017年に畑さんは"シーモアさんと,大人のための人生入門"の一節に出会い,”音楽家としての自己”に対して問題提起をされていた事を先に紹介しました.実はその一節に出会って一週間後にはご自身の中で回答が得られていた事を2018年のブログでは公表されています.

私は果てしない充実感という言葉に,妄想をふくらませ過ぎていました.息もできない強烈な恋の情熱に似たものを想像していたのです.その妄想を抑えて淡々と内部を掘り下げた時,一体化していると実感でき,私なりの充実感に満たされていることに気づきました.青い鳥はここにいた,まさに物語通りの結末です.[6]

”果てしない充実感”という言葉にはその深さが見えないという点で受け取り手が試されている様な感覚にもなります.”果てしない”とはどの位だろうか,と答えのない疑問は生じつつも,それでもやはり真摯に向き合ったものに対しては充足感が感じられるものなのだろうと思います.畑さんは「いつでも自分の胸の中に答えがあると,わかっていても雑念にとらわれ見失いがちな卑小な自分」と続けられます.[6] ”雑念にとらわれ見失いがち”と仰いますが,裏を返せば”果てしない”という言葉に妥協を許さない克己創造を感じられるものでもあります.

さて,ここで登場した”青い鳥”はモーリス・メーテルリンク作の『青い鳥』で間違いないでしょう.そして,『青い鳥』とラブライブ!サンシャイン‼は密接な関係にある事が示唆されています.2017年12月に結末を迎えたTVアニメ ラブライブ!サンシャイン‼2期はドーム会場で青い羽根を散りばめ,優勝旗を手にしてなお”輝き”とは何なのかに悩むAqoursの姿があります.TVアニメの最終話で登場し,2018年1月に発売された『WONDERFUL STORIES』は『青い鳥』および畑さんの"シーモアさんと,大人のための人生入門"の一節に対する回答が組み込まれた様な曲になっています.時期を考えると,『WONDERFUL STORIES』を作詞をされたのは,丁度畑さんがご自身との対話を行い,"シーモアさんと,大人のための人生入門"の一節の回答を苦慮されていた頃かと思われます.畑さんが自問自答された内容の一部が作詞家としての作品にも反映されているかの様で,面白さを感じます.

2019年

先にも書いた通り,畑さんは”旅”をとても大切にされています.2018年以前までは”旅”という言葉を多く用いられていましたが,2019年の特徴として”冒険”という言葉が頻用されているという点があります.[7-9] ”冒険”を畑さんは「未知な場所にて清新なときめきを味わうこと」と定義づけられています.[7] 「常に微熱に浮かされたような状態を,自分の中から消したくない」[7] ,”旅”や”冒険”をときめきなどの素敵な感情を保つための手段として位置づけられており,”未知な場所”である事がその感情に対してスパイスになっている事が感じ取れます.

未知の冒険をテーマにした楽曲として,2019年9月に発売された『未体験HORIZON』があります.この楽曲は曲中の歌詞で”想いをトキメキを”と登場する様に,畑さんが「未知な場所にて清新なときめきを味わうこと」と定義された”冒険”そのものを表現したかの様な詞になっています.更に,水平線(HORIZON)が”夢”や”未来”などを暗喩する言葉として登場しているのみならず,海,月,太陽といった具体的な情景も詞中に現れており,単なる比喩表現ではなく,未知の風景と遭遇するという点にも大切な想いが込められているかの様に感じます.

2020年

2019年10月,12月と2回に渡って畑さんはオンラインで”AKI HATA STUDIO LIVE”を開催されています.このライブではMCを挟まれつつ,シンガーソングライターとして畑さんが作曲された曲が披露されました.ライブの意図について畑さんは「帰る場所を持つ事」であると位置づけられていました.この言葉は”孤独”観について触れられた際に仰った言葉です.

上記のライブ内で畑さんは「私達は人との繋がりを求めがちだけれど,その結果逆に強い繋がりというものを失ってしまう.だから,もっともっと孤独にならなくてはいけないのではないか.」とコメントされています.この”孤独”という言葉については,私も以前の記事でテーマとして取り組ませていただきました.[10] 私は,文字通りの”一人きり”という意味よりも,”自分に正直である,自分の大好きなものを大切にする.”といった意味合いも込められているものだと考えています.つまり,”AKI HATA STUDIO LIVE”で掲げられた”帰る場所”は,ご自身の理想を追い求めるための環境を,単なる比喩としてだけでなく実際的に獲得するために登場した言葉なのではないかと思います.この様な”帰る場所”に対する想いもあってか,畑さんは2020年に既存曲のセルフカバーやMV作成などを精力的にされています.

この”帰る場所”というテーマは2020年8月に発売されたAqoursの『JIMO-AI Dash!』にも反映されています.この楽曲は”地元”という場所を文字通り”帰る場所”とした曲ですが,曲中に「帰る場所をココロに持とう」とある様に,実際の土地以外に概念的な”帰る場所”についても意味合いが込められている様に感じられます.

さて,ここまででは,2020年までに畑さんが各年で考えられていた事と,ラブライブ!作品における関係性を見てきました.では,2021年はどうでしょうか,次項では2021年の畑さんとラブライブ!作品の関係性について検討していきたいと思います.

2021年のテーマ

2021年に畑さんが注目されたテーマとして”痛みとの共存”があります.畑さんは以前,”世界の終わり”というテーマについて取り組まれていました.2017年に「毀レ世カイ終ワレ」を作られた事でこのテーマが完結した様に感じられ[4, 12] ,何を表現したいのかを模索されていたところに,次のテーマとして選ばれたのが”痛みとの共存”です.[11] ”痛みとの共存”について取り組んだものとして,2021年8月13日に『蜿蜒 on and on and』という曲が発表されました.畑さんは各種のインタビューでこの楽曲の内容について触れられています.

自分の内面と向きあうのは,見たくない自分の姿を見ることにもなる.そこにあるのは,けっしていいことばかりじゃない.日々,いろんなダークな感情を巡らせているように,その姿と対峙することで”こんな自分情けなくて嫌だな”とも思うし,向きあうことがきつくて痛みも感じます.でも,そこへ痛みを感じるのは,自分が生きてるということじゃないですか.”胸が痛いな”と思えるのは,”今,自分は生きてるんだな”と思えるのと同じこと.(中略)その痛みをごまかすことなく,”生きること自体が痛みあることなんだ”.そういう痛みの正体を確かめるように書いた曲になります.[13]

痛みとの対面は,現状に満足してとどまらず常に変化していこうと努める畑さんの姿勢を反映したものの様に感じられます.自身の”痛み”に打ち克って自分を変えていこうとする,ラブライブ!とも関連する言葉で言い換えると”克己創造”とも言えるのではないかと思います.この”克己創造”という言葉は浦の星女学院や,そのモチーフとなった長井崎中学校の校訓とされている言葉でもあり,ラブライブ!サンシャイン‼のTVアニメの内容はこの言葉を想起させる様な内容となっていました.では,2021年の畑さんのテーマである”痛みとの共存”はラブライブ!サンシャイン‼やその他ラブライブ!シリーズ作品でも登場したテーマなのでしょうか.

この疑問について,私は「間接的には関与している可能性がある」と考えていますが,それ以上に「2021年に関しては,別のキーワードが媒介し畑さんの世界とラブライブ!を繋げている」のではないかと思っています.そのキーワードこそ,冒頭より温めていた”星”です.次項では,2021年において”星”が畑さんとラブライブ!を繋ぎ合わせた可能性について検討していきたいと思います.

星に願うまえに

2021年はタイトルに”星”の名を冠するラブライブ!スーパースター‼の活動が本格的になった年です.既に数多くの楽曲がリリースされていますが,思い返すと1stシングルである『始まりは君の空』も今年発表された楽曲であり,2021年という年の密度の濃さには驚嘆させられます.Liella!のスタートとも言えるこの曲は畑亜貴さんによって作詞されました.そんな『始まりは君の空』の曲中にも”星”は登場します.

星に願うまえに 語りあってみようよ (『始まりは君の空』;Liella!)

『始まりは君の空』では,サビ中の印象的な場面で”星”が登場しています.その一方で,この歌詞は”星”が登場したは良いものの,「星に願うまえに」と結局は”星”を頼っておらず一見”星”にフォーカスが置かれていない様な印象も受け,一体ここで言う”星”は何なのかという疑問を残すものとなっています.そんな疑問を残したまま数月が経ち,8月になって発表されたのが先にご紹介した『蜿蜒 on and on and』です.タイトルでは明示されていませんが,『蜿蜒 on and on and』の中でも様々な景色が登場し,そんな中で”星”も登場しています.

星に願うまえに出来ることしよう (『蜿蜒 on and on and』;畑亜貴

『蜿蜒 on and on and』でも,『始まりは君の空』と同じ「星に願うまえに」というフレーズが登場します.同じ言葉であるだけでなく,”まえに”で”前に”と漢字が使われる事なく,表記も同じになっている点にも面白さを感じます.この『蜿蜒 on and on and』で登場する星について,畑さんは2021年9月18日放送の”NHK アニソン・アカデミー”でコメントをされています.

「なんか,死んで星になって輝こうなんて私図々しいなと思っちゃって.だったら今頑張れよ私って.」 (「アニソン・アカデミー」NHK-FM. 2021.09.18)

このコメントを踏まえた上で『始まりは君の空』や『蜿蜒 on and on and』で登場した「星に願うまえに」を振り返ってみると,言葉通りの”星にお願いする前に”,”星に頼る前に”という意味だけでなく,”簡単に星になれると思ってはいけない”と戒めも込められている様にも感じてきます.また,このコメントで注目すべき点は”今輝く”事に重点が置かれているという点です.”今輝く”事は”アイドルの輝き”にも通じるところがあり,それについても畑さんは触れられています.

私もアイドルの輝きが好きなんですけど,アイドルが引退するというのは,永遠を残してくれてるということなんですよ.その存在が遠ざかってしまうのでその時は悲しいですけど,アイドルが輝いていた永遠だけが残るんですよ.それを素晴らしいことだと私は思っているので.(中略)それはそれでとても悲しいことなんですけど,永遠を一瞬感じさせてくれるところがあれば.[14]

アイドルがまさに今輝いて,その輝きがその時だけでなくその後も概念的な永遠の輝きとして残っていく事を素敵な事だと評価されているのでしょう.このコメントをされた後,畑さんは「今ちょっと心が『ラブライブ!』に引っ張られましたけど.」[14] と続けられています.

以上の様に,Liella!の『始まりは君の空』と『蜿蜒 on and on and』で共通して登場する「星に願うまえに」というフレーズについて,これらが共通した理念から生じた言葉であり,その背景にはラブライブ!でも描かれている様な”今を輝く”というコンセプトが組み込まれているという可能性が考慮されるものと思われます.では,この”星”とは一体何なのでしょうか.星になる,星になって輝くという言葉が使われている通り,ある種の目標を意味するものではあると思われますが,”星”は終始比喩表現として用いられており,その内容について明言されたインタビューや記事などはありませんでした.そこで,次のテーマとして”星”とは具体的に何なのかを検討していきたいと思います.

2つの星

Liella!の楽曲で”星”が直接的に登場するものとして『Tiny Stars』が挙げられます.この曲は宮嶋淳子さん作詞ですが,Liella!における”星”を考える上ではとても重要な曲だと思われます.まず,タイトルで”Stars”と複数形が用いられており,単一の星が対象となっている訳ではない事が分かります.この曲はラブライブ!スーパースター‼の中でも珍しいデュエット曲であり,この複数形の意味合いとして歌い手2人は想定されているのだろうと思われます.それだけでなく,この曲の面白い点として,曲の冒頭で既に個数として複数の星というだけでなく,異なる意味合いの星が想起される点があります.

駆け抜けるシューティングスター 

追いかけて星になる (『Tiny Stars』;澁谷かのん・唐可可)

曲冒頭のこの一節には面白いギミックが仕掛けられている様にも感じます.それは,助詞が省略されているという点にあります.曲が始まり最初に登場する”シューティングスター”という言葉はインパクトを与え,一見この言葉が主語であるかの様に感じさせます.この解釈に従うと,この一節は「駆け抜けるシューティングスター が 追いかけて 星になる」という意味合いになりますが,この解釈にはいくつか違和感が伴います.それは,”スターが星になる”という第2文型の文章になっており,「星が星になる」というtautologyとなっている点です.また,”追いかけて”というのが何を追いかけているのかが不明な点も疑問として残ります.”追いかける”は多くの場合では目的語を伴う他動詞として用いられる言葉であり,”シューティングスター”を主語として考えると目的語が登場しない文章になってしまうという点も解釈を難しくするところです.そこで,見方を変えて”シューティングスター”は主語ではないと考えてみるといかがでしょうか.「駆け抜けるシューティングスター を 追いかけて 星になる」と考えると,”追いかける”という動詞に対して”シューティングスター”という目的語が設定される事になります.この様に考えると,この文章が主語を持たなくなってしまうという別の問題点が生じてしまいますが,一般論として既出の明白な主語は省略される場合もあるため,文章としては成り立っています.この一節は曲冒頭のものであり,一見既知の主語は存在しない様にも感じられますが,歌い手(澁谷かのんさんと唐可可さん)は既に登場しており,主語になる可能性があります.この様に考えると,この一節では”シューティングスター”と”星(わたし)”の2つの星が簡潔なフレーズで登場している事になります.つまり,この一節の面白さは,助詞を省略する事によって解釈を難しくさせ,2通りの解釈を出来る様にしている,更に後者の解釈では2つの”星”が提示されているという点にあると感じております.

この曲は「ひとすじの流れ星 キラキラまぶしい姿に 勇気をもらったよ」と続きます.この一節からも,”シューティングスター(流れ星)”が勇気をくれる,歌い手とは異なる存在である事が示唆されます.更に「いつかあんな風に なれる日がくるかもしれない」と続き,歌い手が”星にいなれるかもしれない”と希望を持っている事も分かります.こうして見返してみると,この曲の1番Aメロでは,曲冒頭のフレーズのうち後者の解釈が反映されており,全く同じ内容が述べられているという事に気付きます.

ここまでの話を整理すると,『Tiny Stars』では”勇気をくれるシューティングスター”と”いつか星になりたいと願う歌い手”の2種類の”星”が対比的に登場しているという事になります.この様な2種類の”星”の関係はラブライブ!でも既存のテーマとしてあります.それは,先にも触れた『届かない星だとしても』です.『届かない星だとしても』では,”届かない星”に対して”手を伸ばす歌い手”が描かれており,『Tiny Stars』と対応関係にある事が分かります.『届かない星だとしても』に関わるテーマとして”無力な自分との対峙”を挙げましたが,『Tiny Stars』や『届かない星だとしても』はまさしく,届かない星に対して苦心する無力な自分を鼓舞する作品であるとも言えます.

まとめると,2種類の”星”として,目標となる”シューティングスター/届かない星”と,それに対して手を伸ばす”無力な星前駆体”を挙げる事が出来ました.では,先に出た「星に願うまえに」というフレーズにおいては,どちらの意味で用いられているのでしょうか.この言葉は”星に”というように,”星”を自分とは異なる対象として見ており,それを踏まえると前者の”シューティングスター/届かない星”と合致する様にも思われます.一方で,畑さんがインタビューで「星になって輝こう」という言葉を用いられていた事を考えると,”星”はやはり自分がなる対象としても設定されている様に感じられます.つまり,「星に願うまえに」という言葉は,前者の解釈だと「届かない星を目標として願い邁進する前に」という意味となり,後者の解釈だと「自分が星になりたいと願う前に」という意味と取れます.どちらの解釈でも意味は通り,どちらが正しいとは言い切れるものではないのでしょう.最終項では,この双方の可能性を念頭に置いた上で,”星”が示唆するものが何なのか最終検討をしていきたいと思います.

”星”

まず,”シューティングスター/届かない星”を考えます.こちらについてはこれまでの議論でも出てきた通り,「目標の対象」という言葉がピッタリの様に感じます.『届かない星だとしても』を歌うAqoursにせよ,『Tiny Stars』を歌うLiella!にせよ,先に活動していたスクールアイドルがあり,それを魅力的な対象として捉えたからこそ,これらの歌が生まれたのでしょう.ここでの「目標の対象」というのは,具体的な対象は勿論,漠然としたイメージも含めてしまっても議論が成り立つと思われます.例えば,虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会中須かすみさんは”かわいいスクールアイドル”を大きな目標として掲げていますが,具体的な”かわいいスクールアイドル”像とは何なのか,その説明は非常に困難を極めます.”かわいいスクールアイドル”というのは,具体的な対象に対する目標というよりも,より漠然とした概念的な目標なのでしょう.その目標を遠い目標,届かない星と捉えて考えても面白い様に感じます.

では,次に”無力な星前駆体”が目指す”星”とは何なのかを考えてみましょう.こちらは回答となりそうな言葉が出ておらず,かなりの難問です.”シューティングスター/届かない星”と同じ”星”を指しているのではないかと考える事も出来ますが,それでは自分が目標としたものと全く同じものを目指しているのかという疑問が残ります.つまり,前駆者の模倣に陥って創造性を失う可能性があるという事であり,その状態が果たして”輝く星”であると言えるのかというと自信を持って首肯する事は出来ません.

この問に取り組むにあたり重要なポイントとして,視点の違いがあるのではないかと私は思います.”シューティングスター/届かない星”について検討する際,「目標の対象」という言葉を用いましたが,これはあくまで一人称視点のものです.たとえば,自分が”シューティングスター/届かない星”だと思っている人から見て,その人自身はどの様に見えているのでしょうか.間違いなく,一人称視点と同じ様には見えていないでしょうし,この様な場合に”星”であると思う人はかなり限られるでしょう.潜在的に,自分の視点からは,自分を星だと思う事は困難であるのでしょう.これを踏まえると,”無力な星前駆体(自分)”が”星”になろうとするという事の困難さが際立ちます.

では,そこから更に視点を変えてみるとどうでしょうか.『Tiny Stars』のサビは「止まらない 止まれないよ まだ ちいさくても」と続きます.”ちいさくても”という言葉が登場する様に,この文の主語は”Tiny Stars=(自分)”だと思われます.この文章の面白い点は,”止まらない 止まれない”という点です.これは自覚的には単に止まらずに進むという事で終わりますが,他覚的に見ると”駆け抜けている”,つまり,曲冒頭で登場した”駆け抜けるStars”に似た様にも見えるでしょう.ここから分かる事としては,自分では”星”になれていないと感じていても,他者から見たら”星”に見える事もあるという事です.

この様に考えると,他者から”星”だとみなされる事はあっても,妥協を許さない限り自分を”星”だとみなす事は出来ない様にも思われます.”無力な星前駆体”というものは,もしかしたら実現不可能な空想上のものなのかもしれません.原理的に自分は自分を”星”だとみなす事は出来ないと感じつつ,”星”を目指して努力する事にはとても勇気がいりますが,畑さんの言う”痛みとの共存”にはこの意味も込められている様に思います.つまり,”星”になれないという”痛み”を理解しながらも努力する,それがもしかしたら他者から見ると”星”に見えるのかもしれませんね.

おわりに

この「”星”とは何なのか」という問いは人によって回答が異なる問だと思っています.そのため,最後は漠然とした議論で締めさせていただきました.この記事は,新しい視点を共有するためのものというよりも,考え方や議論のきっかけが生まれて欲しいという想いに主眼を置いており,その一助となったのであれば幸甚でございます.

私個人としては,畑さんの今後の活動がやはり楽しみで,今後どの様なものを享受でき,どの様に畑さんの世界観が広がっていくのかに期待が溢れています.その中で,今回提起した”星”やその他の話題についてもアップデートがあるかもしれませんね,そういう一時が来るかもしれないのも楽しみの一つです.

ここまでお付き合いくださりありがとうございました,どうぞ良いお年を.

参照

[1] 「2016年の始まり。」AKI HATA Official website. Blog, 2016.01.01

https://akihata.jp/blog/2636/

[2] 「8.1.3.の謎を解明する人生」AKI HATA Official website. Blog, 2016.08.13

https://akihata.jp/blog/3210/

[3] 「2016年とは。」AKI HATA Official website. Blog, 2016.12.31

https://akihata.jp/blog/11916/

[4] 「8.1.3.はそもそも謎であるのか?と考え直す人生」AKI HATA Official website. Blog, 2017.08.13

https://akihata.jp/blog/19367/

[5] 「2017年とは。」AKI HATA Official website. Blog, 2017.12.31

https://akihata.jp/blog/20789/

[6] 「8.1.3.に消滅と誕生を繰り返す人生」AKI HATA Official website. Blog, 2018.08.13

https://akihata.jp/blog/24884/

[7] 「2018年とは。」AKI HATA Official website. Blog, 2018.12.31

https://akihata.jp/blog/25499/

[8] 「2019年の始まり。」AKI HATA Official website. Blog, 2019.01.03

https://akihata.jp/blog/25599/

[9] 「2019年とは。」AKI HATA Official website. Blog, 2019.12.31

https://akihata.jp/blog/27674/

[10] ”孤独”の意味を考える - 言語化研究所 音ノ木坂支部

[11] 「8.1.3. 痛みは日々心を濡らす人生」AKI HATA Official website. Blog, 2021.08.13

https://akihata.jp/blog/40861/

[12] 「畑亜貴「蜿蜒 on and on and」インタビュー|あふれ出る魂の叫びとは?シンガーソングライター・畑亜貴の思考に迫る」音楽ナタリー. 2021.08.13

https://natalie.mu/music/pp/hataaki

[13] 「畑亜貴、痛みは日々心を濡らす 私が私である限り。その言葉の真意とは…。」UtaTen. 2021.08.13

https://utaten.com/specialArticle/index/6610

[14] 「畑 亜貴、サブスク解禁&新曲リリース記念ロングインタビュー「蜿蜒 on and on and」と「砂海パラソル」でこだわった”純度の高さ”とは」 SPICE. 2021.08.13

https://spice.eplus.jp/articles/291188