川本美里さんの鑑別

緒言

ラブライブ!はスクールアイドルに主眼を置ている事もあり,その作品内で器質的背景疾患を持つ登場人物は描かれていませんでした.一過性の急性上気道炎に罹患した方などはいらっしゃいましたが,入院を要したり継続的通院を要したりする方は過去に登場していなかった様に思います.
そんな中,この度放送されたラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会TVアニメ2期4話「アイ Love Triangle」では闘病生活を送っていた人物として川本美里さんが登場しました.すると,ふとこの様な疑問が生じます.「川本さんが罹患した病気は一体何なのか.」
本誌ではこの問いに対して取り組みたいと思います.

医学における診断までのプロセス;鑑別とは何か

まず,川本さんの病気自体の話をする前に,病気が診断されるまでの過程について説明したいと思います.ある意味,患者と初めて対面した時は情報量0からのスタートであると言えます.その状態から情報を適切に集めて様々な可能性を検討するというのが診断までの重要な過程になります.その過程を言語化すると,➀臨床症候の評価,②鑑別疾患の検討,③鑑別に対応する検査と表現する事が出来ます.
➀臨床症候の評価とは,その疾病によって患者がどの様な状態にあるのかを把握する事です.これは,問診および診察によって把握する事が出来ます.
そこからすぐに検査に移るのではなく,②鑑別疾患の検討が重要な過程としてあります.(慣れてくると,この過程は頭の中で一瞬で終わる様になりますが…)検査をする際,何かしらの病気を疑った上で検査をする必要があるという事です.例えば,脚が痛いと言っている人に対して腕のレントゲンを撮影しても意味がないですよね.これは極端な例ですが,いずれにせよ,可能性として疑う必要がない病気に対する検査は行っても意味がありません.そこで,どの様な病気の可能性があるのかを集めた情報(臨床症候)から可能性のある病気を挙げる過程が必要になります.この作業を”鑑別”と言います.そして,その鑑別された疾患に対応する③検査を行う事で診断に至る事が出来ます.
多少イレギュラーなパターンもありますが,概ねこの様な過程を踏んでいると思います.
では川本美里さんの場合,どこまで検討する事が出来るでしょう.当然ですが,検査は行う事が出来ません.そのため,診断を確定出来ない事は前提となります.臨床症候についてはTVアニメ内での描写を見る事で部分的には把握する事が出来ます.ただし,通常の診療レベルでの問診が出来る訳ではないですし,診察が出来ない事は言うまでもありません.そのため,臨床症候についても限定的な把握にとどまります.それでも,限られた情報から類推し,鑑別疾患を挙げる事は出来ます.
本記事で可能な検討は”アニメ描写から得られる臨床症候から鑑別疾患を挙げる事”である旨を念頭に置いた上で以降の議論をお読みいただければと思います.

川本美里さんの情報と特徴

では,川本さんの臨床症候を纏めていきましょう.
川本さんの初登場はラブライブ!スクールアイドルフェスティバルALL STARSです.宮下愛さんのキズナエピソード8話で登場し,間もなく身体が丈夫ではなかったという事が明かされています.
この時点では疾患を考える上での手掛かりはほとんどありませんでしたが,今回放送されたTVアニメではかなり多くの情報が追加されています.
・若年女性
・小さい頃には公園で遊ぶ事が出来ていた
・学童期に,既に入院をしていた事がある
・入退院を繰り返した
・現在では寛解が得られている
・退院後も疲れ易さはある
・海外で働きたいと思っていたが,それが難しい
・入院中に大変な治療をした事がある

これらには,解釈に困るものも含まれています.まず,寛解が得られているというのは維持治療(継続的な内服薬)によって病気の勢いが抑えられているからなのか,未治療でも良い状態となったのかでも大きく意味は異なります.次に,疲れやすさです.病気と関連した症状と考えるのであれば”易疲労感”を伴う疾患という事になりますが,この話は退院直後のものなので,入院生活に伴う筋力低下でも疲れやすさが説明可能と感じます.更に,海外勤務の話も解釈が分かれます.描写からすると「英語の勉強を十分にする事が出来ていなかったから」とも捉えられますが,ドクターストップによる影響はないか.海外勤務が困難である事が病気によるものである可能性も考慮すると,それでも鑑別の方向性が変わってきます.最後が”大変な治療”です.「大変」というと主観的な言葉なのでどの程度かは分かりませんが,私が気になったのは末梢静脈路(点滴)が描かれていなかった事です.入院で大掛かりな治療となる場合には,腕に末梢静脈路を留置して,薬剤を投与出来る状態とする事が多いです.「大変」な治療をするのであれば尚更だと感じます.その一方でTVアニメ内では末梢静脈路どころか,点滴棒もありませんでした.どの様な治療を受けていたのか,内服薬だけだったのかどうか,これについては想像するしかありません.

この様に不確定要素は多々ある様に感じます.それを承知の上で川本さんの状況を纏めるとすると,「学童期に発症し,入退院を繰り返す多層性の経過を呈する若年女性症例.臨床症候としては易疲労感を伴う可能性がある.病状については既に寛解が得られている.」と言う事が出来ます.では,これに該当する可能性のある疾患を考えてみましょう.

鑑別疾患

若年で入退院を繰り返すという点からは,治療が不十分だと病気の勢いが悪くなるタイプだと類推されます.それを踏まえると,自己免疫性疾患の可能性が高い様に思います.悪性腫瘍も同様の特徴がありますが,若年で悪性腫瘍を発症する可能性は低く,あるとしたら血液腫瘍になると思います.他には,家族性の病気も若年発症であり得る様に思います.これらの特徴を踏まえ,鑑別疾患を挙げます.
・消化器疾患:炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎クローン病),好酸球腸炎
・循環器疾患:特発性肺高血圧症,拡張型心筋症
膠原病疾患:ベーチェット病,サルコイドーシス,血管炎,膠原病(SLE,強皮症,皮膚筋炎 など)
・呼吸器疾患:肺リンパ脈管筋腫症,好酸球性肺炎
・血液疾患:血液腫瘍(白血病
・内分泌疾患:副腎不全,甲状腺疾患
・脳神経疾患:多発性硬化症関連疾患(MS,NMOSD,MOGRD),炎症性筋疾患,重症筋無力症,自己免疫性末梢神経障害(GBS,CIDP など),症候性てんかん,髄液漏出症候群
挙げるとキリがないですが,いくつか思い浮かんだものを挙げてみました.正直,これ以上確定させる事は困難ですが,やはり自己免疫性疾患は多く可能性として挙がります.大きな枠組みとして分類すると,➀自己免疫性疾患,②腫瘍,③内分泌疾患,④その他と分けられると思います.それぞれの場合について,今後想定される事を次項では記します.

それぞれの疾患で考えられる事

➀自己免疫性疾患
体内の免疫が自身の臓器を攻撃する事で生じる病気を自己免疫性疾患と言います.この病気の治療は免疫を抑える事,つまり免疫抑制薬になります.免疫抑制薬は副作用として感染症のリスクを上げるため,高用量を使用していると海外へ行きづらい,頻繁な外出をしづらいといった注意点が生じます.また,自分の免疫が病気の原因のため,治療を行っても根本原因は体内に残っており,薬剤でその勢いを抑えるという事もよくあります.川本さんの場合,既にお元気で海外にも行こうと思えば行けるご様子でもあるので,自己免疫性疾患の場合でも比較的免疫抑制薬が少量になるレベルで病気の勢いが抑えられている可能性があります.
②腫瘍
腫瘍といっても血液腫瘍,つまり白血病です.発症し病気の勢いを抑えて,地固め療法,維持療法を行ってとすると経年的な治療になるので,入退院を繰り返したという点は合致します.また,易疲労感や海外渡航困難も合致します.血液疾患として考えた場合に不可解な点としては,大勢の面会が許されていた事があります.血液疾患の患者は免疫力が低下しているため,特に急性期だとかなり強い面会制限がかかる筈です.ある程度寛解が得られた状態であれば多少面会も許されるとは思いますが,幼少期の宮下さんも描かれていた事から経年的に面会が許可されていた様に思われる点はやや合致しない印象を受けます.
③内分泌疾患
内分泌疾患はその種類にも寄りますが,クリーゼを過ぎれば元気な状態で健常者と変わりなく過ごす事が出来る様になると思います.内分泌疾患と考えた場合に非典型的なのは入院頻度です.基本的に内分泌疾患は外来診療でも対応可能な事が多く,クリーゼと呼ばれる緊急病態に陥った際や根本治療のための処置をする際などに入院する程度かと思います.入退院を繰り返したと聞くと,内分泌疾患としてはコントロールが不良過ぎるという様に感じます.
④その他
てんかんなどは分類不能なので,その他とくくりました.てんかんは若年でも起こり得て,末梢静脈路無しでも治療が出来て,改善すると健常者と変わりない生活が出来るという点でかなり合致します.再発しやすく入院を繰り返す,場合によっては大変な治療(気管挿管や鎮静薬)をする事もあるという点も当てはまります.勿論,海外へ行ってはいけない理由もありません.ただし,入退院を繰り返すレベルのてんかんとなると,てんかん後脳症と呼ばれる後遺症があっても良い様にも思います.

結語

今回は話の本筋とは全く無関係な議論をさせていただきました.本筋と無関係といいつつ,人物の背景情報をより多く得ようとする営みとして,一考の余地があるテーマかと思います.特に,ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会TVアニメ2期4話「アイ Love Triangle」は川本さんの人物背景が大きく関わる内容でもあり,この観点でも川本里美という人物についてより想像を巡らせる事が出来るのではないかと思います.